+血管選び

 

よい血管とは


刃物で皮膚のどこかを切りつければ、浅くても何とか血は出る。しかし針を使って抜くというのはそう楽には行かない。適当に刺しただけで大きい血管に当たらなければ、いくらシリンジを引いても血は出てこない。もちろんどう刺しても毛細血管は破るだろうが、濡れた布にストローを当てて吸っても水が飲めないのと同じく血は上がってこない。
詳しい説明は後においておき、さて針を刺すのによい血管とはどんなものか。手首は駆血せずとも青い筋が何本も常に見えている。しかし青く見えているだけではよい血管ではない。血管壁が薄いと血色素は容易にそれを透かして見える。これでは刺しづらい。駆血(→駆血帯の結び方)すれば、或いは入浴などで血管が拡張すると、前腕の屈側(手の平側)ではなく伸側(手の甲側)に皮膚を押し上げて血管が怒張してくる。

 

一番判りやすいのは手の甲の真ん中で、普通点滴を受ける時に刺される血管と言えば判るだろう。写真の例はその手背静脈(1枚目は駆血帯なし、2枚目は駆血したもの)。これは盛り上がっている上に青く色づいている事も多いので誰の目にも血管だと判る。それを押してみると特殊な弾力があるはずで、これがすぐ下に元気な血管のある印である。当然太く高く浮き上がっているほど刺し易い。
原則: 色がついていなくとも手で触れる事ができるものを選ぶ
ついでに言うと、盛り上がっていても押して潰れない硬いものは腱であって血管ではない(笑)。


解剖学的なこと


anatomy(グレイの解剖学より。右腕内側、皮下の静脈と神経。)
橈側(とうそく)・尺側(しゃくそく)って時々聞くんだけど何それおいしいの?という人のために解剖学の基礎を少し。前腕(肘から先の末梢側部分)の骨は2本ある。橈骨と尺骨である。もし骨が一本しかなかったら掌を上に向けたり下に向けたりすることができない。そのような動きをする際、動いていない方の骨が尺骨でもう片方が橈骨だ。といっても何だか判りづらいので、親指側が橈骨・小指側が尺骨と覚えればいい。
腕の中に通る静脈や神経もこれらに沿って名付けられている。例えばほとんど平行に走行する静脈が2本あるとして、親指側にあるほうを橈骨静脈、もう片方を尺骨静脈と呼ぶといった具合である。肘の裏のように3本あれば、真ん中のものを"正中"と呼ぶ(例: 正中神経)。
また、"浅部(浅層)"や"深部(深層)"という分類もあるが、骨に近ければ近いほど"深い"。瀉血や採血に使う静脈は全て浅部のなかでも特に浅い"皮下"のもの。"手背(しゅはい)"と"足背(そくはい)"はそれぞれ手の甲、足の甲のこと。

 

 

具体的な箇所とそれぞれの危険性


で、どこの血管がいいかというわけだが、僕がよく採っているところを下に図示してみる。まずは上肢。

upperlimb

 一番初めに思い付くのは通常採血する部位Aだろう。真ん中のもの(肘正中皮静脈)が最も浮きやすいが、尺側皮静脈や橈側皮静脈が見えることもある。僕は左腕だと正中すら出づらいので大抵右でやっている(右利きなのに!)。ここはどの静脈も太くて16Gなどでも入るし、腕をまっすぐ伸ばすことで皮膚にテンションがかかって血管が逃げにくいが、深く刺しすぎると正中神経を損傷する虞れがある。正中神経は正中静脈・尺側皮静脈のすぐ下を通っているし、まず内側前上腕皮神経が尺側皮静脈の真横にあり、尺側皮静脈の下は尺骨神経だ。橈側皮静脈の近くにも外側前腕皮神経が、下には橈骨神経が走行している。正中神経を損傷した場合、腕が痺れたり痛んだりするほか、特徴的な症状として親指と他の指の対面運動ができなくなる。つまりOKサインが作れなくなる。皮神経損傷はもう少しましだが、痺れたり腫れたり変色したり、感覚鈍麻が起こったりする。酷い場合にはカウザルギー(皮膚の発熱や発汗を伴う激痛)を発症する。ただそこまで深く穿刺してしまうことも稀だろう。

Bは橈側皮静脈(手関節)で、たまにここから採血されることもある。駆血して手を暖めたり何とかしたりしているとかなり太く怒張してくるのでなかなかいい感じの血管である。僕はこことEが一番よく浮く。ただ大抵の場合は18Gが入るか入らないかといった具合の太さなので、ここから採るのには22Gを使っている。
とはいえ手関節橈側皮静脈は実のところ、医療現場では避けた方がいいとされている血管だ。橈骨神経浅枝の損傷が起こりやすいためで、実際僕は初穿刺でいきなり静脈でなくこっちに当てた(苦笑)。親指のあたりまでビリッとした衝撃があり、「ああ神経に当たったヤバい」と焦り駆血帯をしたままで針を抜いてしまった。どうも血管を擦ってはいたらしく、抜いた後から血は流れてくるし大きく腫れてくるし(内出血=青タン)、痣が地味に痛いのと指が少し痺れるのとで1週間ほど苦労した…。
Cが判りにくいのだけれど、これも橈側皮静脈だ。やや斜めに浮く。上と同じく18Gは無理な気がするが、皮神経に当たりやすいわけでもなしうねうねと逃げやすいわけでもなし、22Gを使う場合には結構優秀な血管といえる。しかし考えてみれば、何故かここから採血されたことはないなあ。
DはCとEの間で、実はC, D, Eは分岐しない1本の血管である。Dは手首のど真ん中に位置する。少し小指寄りにもう1本似たようなの(尺側皮静脈)が通っているはずだが、少なくとも僕はこっちしか浮かない。これも手首を曲げれば皮膚にテンションがかかるので刺す時にあまり血管が逃げない。ここから採血されたこともないが、22Gで瀉血する際には世話になっている。
Eは点滴を受ける時に刺される静脈なので馴染み深い(?)んじゃないだろうか。手背静脈網のうち唯一まともに刺せそうな血管で、大抵は青い上に駆血すればすぐ怒張する。だが場所が場所なためによく目立つので僕はここは刺さないことにしている。うっかり内出血でも作ったら言い訳が面倒だし。
手首の内側、解り易く言えばリストカットする部位(笑)は血管が大量に青い筋になって見えているものの、この辺りの静脈のほとんどは網目状に走行している上にそれぞれが細い(手背静脈ですらこれらより太い)ため、浮いていたとしてもあまり薦めない。

atlas

(益田栄著「解剖アトラス」より。あまりの網目状態に刺す気を失う網目さである)

lowerlimb

 次は下肢。これは一カ所しかない。

向きの関係上、矢印の方向にしか針を刺すことができないが別に注射をするわけでもないのだからそんなに問題はない。これは大伏在静脈で、ちょうど内側の踝のところに見える。両手が使えるのでシリンジ(注射器)での自己採血に向いている。外側の足首には小伏在動脈があるはずだが、余程体が柔らかくない限りそちらから採るのはかなりきつい。
総じて足に刺すのは腕に比べるとやや痛みが大きい。それにそこまで太い静脈もなく、最も太い大伏在静脈でも18Gはどうかなという雰囲気だ。足背には手首の内側のように何本も青く透けて見える静脈があるが、やはり手首と同じく網目状に走行している(だから足背静脈網と呼ぶのだ)のに加えて、腱でゴツゴツしているので刺しづらい。
atlas2
(前出「解剖アトラス」。大伏在静脈しかまともに刺せそうな血管がないのが判る)

 

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